運送業における残業代請求への対応

1 貴社は残業代を適正に支払えていますか?

従業員が時間外労働や休日・深夜労働をした場合は原則として残業代を支払わなければなりません。

これは運送業にもあてはまります。

当たり前のことだと思われるかもしれませんが、運送業を営む企業でこれができていない企業が相当数あることから「運送業における残業代の請求」という問題がしばしば話題に上がるものと思われます。

「当社ではみなし残業代を支払っておりきちんと残業代を支払っています。」、「当社は歩合制を採用して割増金を支払っているので残業代はきちんと支払われています。」など、色々なご主張があるかと思われますが、これらの支払いがされていたとしても労働法の要求する割増賃金の支払いとは認められないという場合があります。その場合、思いもよらないほど多額の残業代を支払わなければならなくなるケースもあります。

また、賃金債権の消滅時効が2020年4月から3年に延長され、今後はこれがさらに5年に延長される予定となっております。そのため、残業代の問題についてはしっかりと対策をとっておかないと多数の従業員から多額の残業代請求を受け、事業の継続に大きな支障が生じかねません。

例えば、月給40万円の従業員について、会社としては40万円で残業代込みという認識でいたところ、残業代の支払いをしていたと認められなかった場合、月の稼働日数が20日、残業時間が月50時間ほど、2年半ほどの残業代請求をされたと仮定して計算すると、

40万円÷20(日)÷8(法定内労働時間)=2500円(1時間当たりの通常の労働時間の賃金)

2500円×50(月の残業時間)×36(カ月)=450万円(未払割増賃金)

と相当に高額となります(実際の給与計算はもっと複雑です)。

同じような従業員がほかにも複数在籍していた場合は大変な金額になります。

 

2 割増賃金を算定する基礎となる賃金の範囲はどうなっているか

労働基準法では、従業員に時間外労働等をさせた場合は「通常の労働時間の賃金」に法や省令等で定められた割増率で計算された割増賃金を支払わなければならないと定められております。

この「通常の労働時間の賃金」には、一部の例外を除いた賃金・手当がすべて含まれます。つまり、基本給のほか歩合給などを支給している会社においては、基本給だけでなく歩合給についても割増率計算の対象となります。そのため、「当社は歩合給だから残業代は発生しない。」などと勘違いしていた場合には、歩合給部分の残業代が未払いとなっていることから思わぬ残業代の請求を受ける恐れがあり注意が必要です。

例外的に割増計算の対象とならない手当等は次のとおりとされております。

・臨時に支払われた賃金(売上が特に良かった個人に支給される特殊な手当等)

・1か月を超える期間ごとに支払われる賃金(賞与など)

・家族手当、通勤手当、別居手当、子女教育手当、住宅手当※

※ただしこれらは手当の名称ではなくその実態で判断されます。例えば家族手当という名称でも扶養家族の人数などで計算されるのではなく一律一定額支給されているような場合は割増率の対象とされてしまう可能性が高いです。

 

3 事業場外みなし労働時間制など例外的制度活用の難しさ

事業場外で運送業務を行っている従業員の労働時間の把握は事業場内で勤務している従業員の労働時間の把握よりも困難を伴います。そのため、事業場外みなし労働時間制度や業務委託方式などを取り入れて残業代込みでの支払いにしたいと考える会社も多いかと思います。

事業場外みなし労働時間制度とは、実際の労働時間ではなく一定の時間を労働したものとみなす制度です。

しかし、この制度は事業場外で労働する場合であれば無条件で適用される制度ではなく、その労働時間を算定しがたい場合にだけ適用されます。労働者が携帯電話などで使用者から随時指示を受けられる環境にある場合は採用できなとされておりますので、運送業にかかわらずこの制度を実際に採用できるケースは限られてくるものと考えられます。

業務委託方式についても、単に契約書が業務委託になっているだけではなく、実態がどうなっているかで判断されます。運送業において、例えばドライバーとの契約が業務委託であるという場合、実態としてもドライバーがきちんと個人事業主として扱われていなければなりません。具体的には、①副業及び兼業が自由、②会社からの依頼を拒否できる、③会社からの指揮を受けない、④会社から時間的拘束を受けないといったことなどが契約書上も実際の運用上も厳守されていなければ「業務委託に名を借りた雇用契約」と判断されてしまいかねないので注意が必要です。

 

4 従業員に残業代を支払っていたつもりで残業代未払と認定されてしまうケース

(1)固定残業代を支払っているが就業規則や運用が不適切なケース

運送業に限らず固定残業制度を採用している企業は多いものと思われます。

運送業ではさらに歩合給制度を採用している企業も多いかと思います。

こういった場合、会社側の言い分として「みなし残業代を支払っている」という話が時折出てきますが、この言い分には2つの問題があります。

まず1つには、みなし残業代という名称で支払っている場合、そのほとんどが一定の時間分の固定残業代という整理になると思います。そうすると、実際の時間外労働がその一定時間を超える場合は超えた分についても割増賃金を支払わなければなりませんが、これがきちんと計算して支払われていないというケースが散見されます。

もう1つには、「通常の労働時間の賃金にあたる部分」と「労基法37条の定める割増賃金にあたる部分」とが判別できなければなりません。例えば、毎月の定額賃金の中に固定残業代も込みで支払っているから低額賃金が比較的高い金額になっている、というような場合、どこからどこまでが割増賃金で、どこからどこまでが通常の労働時間の賃金なのか、これが区別できないので、会社としては残業代を支払っているつもりでも法律的には割増賃金の支払いになっていない、とされてしまいます。また、固定残業代という名目で基本給とは分けて支払っていても、それが何時間分の割増賃金になるのかがはっきりしなかったり、例えば20時間分の固定残業代という認識で会社が考えていたとしても20時間を超える時間外労働があった月に超えた部分の割増賃金をきちんと支払っていなかったりすると、明確に区分されていないということで割増賃金が一切支払われてなかったということになってしまうことも考えられます。

固定残業代制度を採用する場合、会社としては就業規則や雇用契約書上の定め方や実際の運用方法をきちんと調整して運用しなければなりません。

(2)国際自動車事件のような歩合給制のケース

運送業界においては、国際自動車事件最高裁判決(令和2年3月30日判決)のことはかなりのインパクトを持って受け止められたのではないかと思います。

この事件で会社は、歩合給の計算の中で割増金(残業手当、深夜手当等)を控除して給与を算定しておりました。この会社の給与制度について誤解を恐れずコンパクトにまとめると、時間外労働をすれば残業手当、深夜手当等などとして一定の手当ては支払われるものの、売上成績が悪いと時間外労働により支払われる手当の額だけ歩合給が減るという制度設計となっておりました。

最高裁は、通常の労働時間の賃金にあたる部分と労基法37条の定める割増賃金にあたる部分とが判別できないので、割増金(残業手当、深夜手当等)の支払いによって、労基法37条の定める割増賃金の支払いがされたということはできないと判断しました。

この判断は事例判断であり特殊なケースだと見る向きもあります。

しかし、少なくとも類似の歩合給制度を採用している会社にあっては就業規則や給与規定の見直しが急務かと思われます。

 

5 対策

(1)労働時間の適正な管理・長時間労働の抑止

大前提として労働時間の把握、管理が適切になされている必要があります。

この点については留意点が多岐に渡るため、詳細は別項に譲りますが、デジタルタコメーターの導入、ダラダラした残業をさせない服務規律の運用を徹底するための意識改革(残業の事前承認制を徹底して運用する、虚偽報告は厳正に処分するなど)などは効果が期待できると考えられます。

また、荷主と運送事業者の協力による取引環境と長時間労働の改善に向けたガイドライン(https://www.mlit.go.jp/jidosha/jidosha_tk4_000107.html)も策定され、すべての事業者が取り入れられるものではありませんが、近時では荷主もドライバー不足に危機感を持ちつつある傾向が見て取れますので、こういったガイドラインがあるということを示して協力を求めることも考えられます。

(2)割増賃金と通常の労働時間の賃金を明確に区分する

会社として残業代を支払っているつもりでもそれが労基法37条にいう割増賃金の支払いにあたらないというケースが散見されます。

まずは自社の就業規則や給与規定、従業員らの雇用契約書を見直し、割増賃金と通常の労働時間の賃金を明確に区分されているかを確認する必要があります。

明確に区分されているかどうか疑義がある場合は従業員らとしっかりと協議し、就業規則を変更する必要があります。ただし、従業員にとって不利益な変更となるような場合は、労働者の受ける不利益の程度や変更後の内容の相当性、変更の必要性などをしっかりと吟味し、従業員らにもしっかりと説明してよく話し合う必要があります。

(3)制度設計を変えて完全歩合制を採用することは可能か

就業規則の改定が必要となったことをきっかけに、給与体系を完全歩合制へと変更しようという考え方もあろうかと思います。

完全歩合制を採用すること自体は労働基準法等に反するものではありません。

ただ、完全歩合制という制度が法的有効なものとして認められるようにするには越えなければならないハードルが多数あるものと考えられます。

まず、一部の従業員にとっては不利益な制度になることは避けられないであろうことから、激変緩和措置としての代償措置や経過措置(何らかの調整金を一定期間支払うなどして給与が激減する従業員をフォローするなど)は必須であろうと考えられます。

そして、完全歩合制の下であっても売上が0ならば給与も0というわけにはいきません。労基法は労働時間に応じた保障給の支払いを要求しております。そのため、妥当といえる金額の保障給を検討して設定しなければなりません。この保障給の目安としては、少なくとも平均賃金の100分の60程度を保証することが妥当であるとする通達があります(昭和63.3.14基発150号)。

さらに、歩合制にも割増賃金規定の規制が及びますので、割増賃金込みのオール歩合給制の導入はできないことに留意する必要があります(高知観光事件・最二小判平成6.6.13)。

その上で、歩合をどのように設定すれば完全歩合制を採用する目的(賃金面から労働効率化の動機付けを与えるなど)を達成できるかを慎重にじっくりと分析・検討し、一部の従業員にだけ有利になってしまうようなことのないよう、可能な限り公平な制度設計をする必要があります。

 

6 おわりに

いかがだったでしょうか。

給与計算は単純なように見えて複雑で奥の深い問題が絡みます。

そのため、専門家の関与が不可欠です。

そのような複雑な分野において給与制度そのものに変更を加えようという場合、適切な給与体系の設計は非常に難解な作業となりますので、担当者の方がちょっと作ってみようでできるようなものではありません。給与制度の変更という重大な事項ですので経営陣が一丸となって作成に関与すべきと言っても過言ではないと思います。

給与制度の見直し等をご検討中の運送会社様におかれましてはまずはご相談ください。

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弁護士 阿部 貴之

弁護士法人シーライト藤沢法律事務所 代表弁護士の阿部貴之と申します。人事・労務管理担当者の方の負担を軽減し、よりよい職場環境の構築を目指し、一人あたりの生産性を高め、売上や利益の面で、貴社のかかえる問題解決に貢献します。民法・会社法・各種業法だけでなく、労働法、労働実務、人事労務管理問題に精通しておりますので、お気軽にご相談下さい。