同一労働同一賃金の主要最高裁判決

1 はじめに

令和2年10月13日に退職金賞与に関する最高裁判決(大阪医科薬科大学事件、東京メトロコマース事件)が、同年10月15日に扶養手当に関する最高裁判決(日本郵便(大阪)事件 ※ ほかに東京、佐賀があります)が言い渡されました。

これらの最高裁判決が重要な理由は、いわゆる有為人材確保論、すなわち、正社員を厚遇することで有能な人材の獲得定着を図るという考え方を認めながらも、待遇差について合理性を認めたもの(大阪医科薬科大学事件、東京メトロコマース事件)と認めなかったもの(日本郵便事件)に分かれたことにあります

いずれも、同一労働・同一賃金を理解するうえで重要な判決ですので、実務上重要なポイントを解説します。

 

2 東京メトロコマース事件

(1)要旨

Y社は、駅売店、自動販売機の他、コインロッカー、ATMの整備等を行う会社である。Y社で雇用されていた契約社員Xが「正社員に対して退職金を支給する一方で、契約社員に退職金を支払わないのは、不合理である」として、Y地下鉄株式会社に対して損害賠償請求をした。

最高裁は、一般論としては退職金を非正社員に支払わないのは違法になる場合もあるとしたうえで、東京メトロコマース事件の事案のもとでは契約社員に退職金を支払わないのも不合理とはいえず、違法ではないと判断した。

(2)解説

ア 退職金の目的

上記の判例を理解するには、退職金の仕組みを理解する必要があります。

(ア)メンバーシップ型雇用における賃金制度の特色は?

日本のメンバーシップ型雇用における賃金面の特徴は、年功賃金にあります。すなわち、職務=現にこなしている仕事の知識、経験、能力に応じて賃金が支払われるわけではありません。

まず、①新卒時の社員はほとんど何も仕事ができないにもかかわらず一定の賃金が支払われて、生活が保障されます。海外では、対照的に、仕事のスキルのない若者が労働政策において保護の対象となります。

そして、②OJTで仕事ができるようになった30代~50代の頃には、仕事の知識、経験、能力が向上して、仕事をこなせる量も増えます。しかし、賃金は低く抑えられることになります。

最終的には、③体力が落ちてくる60代の頃からは、仕事をこなせる量が減少しているにもかかわらず、賃金は上昇していきます。

(イ)OJTにかかったコストをどうやって回収するのか?

なぜ、このような制度になっているのでしょうか。ポイントは、OJTにかかったコストの回収にあります。

会社は、①新卒時の社員を会社の負担において教育して仕事ができるようにしつつ、一定の生活を保障します。ここではまず社員にアメをあたえます。このときにかかったコストを、②30代~50代の社員には働いてもらうことで回収していき、ムチをうちます。ここで、せっかく育てた社員に逃げられないように、③の段階では賃金を高く設定したり、退職金を支払ったりすることで社員に定年まで勤めあげるようにインセンティブをあたえます。

したがって、退職金は正社員を確保・定着させるための仕組みといえます。

(ウ)最高裁は退職金をどのように評価したか?

上記の退職金の仕組みをふまえて、最高裁は、Y地下鉄株式会社における「退職金は……正社員としての職務を遂行し得る人材の確保やその定着を図るなどの目的から、様々な部署等で継続的に就労することが期待される正社員に対し退職金を支給することとしたものといえる」としました。この目的に照らすと、長期雇用を前提とする正社員にだけ退職金を支払うことを正当化しやすくなります。契約社員は長期雇用を前提としておらず、退職金制度の目的が妥当しないからです。

イ 職務内容及び変更の範囲の相違

最高裁は、続けて変更の範囲の相違も指摘しました。すなわち「売店業務に従事する正社員については、業務の必要により配置転換等を命ぜられる現実の可能性があり、正当な理由なく、これを拒否することはできなかったのに対し、契約社員Bは、業務の場所の変更を命ぜられることはあっても、業務の内容に変更はなく、配置転換等を命ぜられることはなかった」と指摘しました。

正社員は配置転換等があって非正社員に比べると人材流出の危険があります。このような変更の範囲の違いを踏まえても、正社員にだけ退職金を支払うことも合理的だということになります。その結果、東京メトロコマース事件では、退職金を正社員のみに支払うということも不合理ではないとされました。

(3)注意点

注意すべきことは、最高裁は「退職金であれば正社員に限って支払ってもよい」とは言っていないことです

退職金の制度設計は会社ごとに異なっているために、裁判において必ず東京メトロコマース事件と同じように判断される保証はありません。たとえば、功労報償を目的として退職金が支払われていると認定された場合、非正社員の貢献度に応じた退職金を支払う必要があります。また、正社員も非正社員も同じように転勤したり、マネジメント業務を行ったりしているという場合、正社員だけを厚遇することが正当化しづらくなります。

したがって「東京メトロコマース事件で退職金を正社員のみに支払うことも違法ではないと言われたから…」と安心することなく、退職金規定も含めて人事制度を広く検証し直す必要があります。

 

3 大阪医科薬科大学事件

(1)要旨

Y大学は、大学付属病院等を運営している学校法人である。Y大学で「アルバイト職員」として雇用されていたXは「正職員に対して賞与を支給する一方で、アルバイト職員に対して賞与を支給しないのは、不合理である」として、Y大学に対して損害賠償請求をした。

最高裁は、一般論としては賞与を非正社員に支払わないのは違法になる場合もあるとしたうえで、大阪医科薬科大学事件の事案のもとでは「アルバイト職員」に賞与を支払わないのも不合理とはいえず、違法ではないと判断した。

(2)解説

本件では賞与の不支給が問題となりました。

賞与の目的は、将来の労働へのモチベーション喚起、功労報償等さまざまです。そのため、賞与の目的がどこにあるかによって結論が変わってきます。たとえば、仮に賞与が功労報償のために支払われているとすると、非正社員が正社員と同じように会社に貢献していれば、それに応じて功労報償としての賞与を支払う必要があります。

これに対し、大阪医科薬科大学事件の最高裁判決では、賞与の目的は「正職員としての職務を遂行しうる人材の確保やその定着を図るなどの目的」のために支給される判断されました。
そうすると、正職員のみに賞与を支払うことも合理的ということになります。どうしてこのように判断されたかと言うと、「正職員の賃金体系」正職員に「求められる職務遂行能力及び責任の程度」の2つの点にあります。

ア Y大学の賃金体系

Y大学の賞与は、必要と認められるときに基本給の4.6ヶ月分が支給されるというものでした。したがって、基本給の性格が賞与にも反映されることになります。

賞与の算定の基礎となる基本給は、勤務成績を踏まえ勤続年数に応じて昇給することになっていました。また、Y大学の正職員は、人材の育成や活用を目的として人事異動が行われていました。そうすると、勤続年数の多い正社員は、ジョブローテーションを繰り返していて、様々な職務を遂行することができるといえます。したがって、勤続年数に応じて昇給するという仕組みをとるY大学の基本給は、職能給(:実際に従事している具体的な職務とは切り離された、いかなる職務をも遂行しうる能力への対価)としての性格を有しています。

基本給の職能給としての性格は賞与にも反映されます。職能給というのは、ジョブローテーションが行われる正社員に特有のものといえます。実際、Y大学の「アルバイト職員」は他の部署に配置転換されることはありませんでした。その結果、賞与の目的は、正職員としての職務を遂行しうる人材の確保やその定着を図ることにあると認められました。

イ Y大学の正職員に求められる職務遂行能力及び責任の程度

Y大学の正職員は、①Y大学のあらゆる業務に携わっていて、定形的で簡便な作業ではない業務が大半を占めていました。中には、Y大学全体に影響を及ぼすような重要な施策も含まれていて、業務に伴う責任は大きなものでした。また、②正職員は、人材の育成や活用を目的とした人事異動が行われていたり、出向や配置換えなどを命じられたりすることもありました。

そうすると、Y大学の正職員は、①責任が重く、②ジョブローテーションにより職務遂行能力を身に着けることが期待されています。逆に、Y大学としては、①責任が重く、②職務遂行能力を身に着けている正職員に定着してもらう必要があるといえます。その結果、賞与の目的は正職員の確保やその定着を図ることにあると認められました。

(3)注意点

大阪医科薬科大学事件は、上記のとおり、Y大学の賃金体系と正職員に求められる職務遂行能力及び責任の2つから、賞与の目的が正職員の確保やその定着にあると認められたことが重要なポイントです。

最高裁は、一般論としては、非正社員に賞与を支払わないことが違法となると示していることからもわかるように、賞与の制度が異なれば、賞与を非正社員に支払わないことが違法となることは十分にありえます。ですので、「賞与であれば、非正社員に支払わなくてもいい」と考えることは誤りということになります。

4 日本郵便(大阪)事件

(※ 東京、佐賀もありますが、扶養手当を取り扱った大阪事件にしぼって解説いたします)

(1)要旨

Y郵便で雇用されていた契約社員Xが「正社員に対して扶養手当を支給する一方で、契約社員に対して扶養手当を支給しないのは、不合理である」として、Y郵便に対して損害賠償を請求した事件です。

最高裁は、扶養手当の目的は「正社員が長期にわたって継続して勤務することが期待されることから、その生活保障や福利厚生を図り、扶養親族のある者の生活設計等を容易にさせることを通じて、その継続的な雇用を確保すること」としながら、契約社員にも「扶養親族があり、相応に継続的な勤務が見込まれる」ことから、扶養手当を支払わないことを不合理としました。

(2)解説

会社側は、正社員は長期雇用の中でライフステージによって生活のための費用の負担が増額することから扶養手当を支給するのであって、長期雇用が前提とされていない契約社員には扶養手当の趣旨は妥当しないことから、不合理な待遇差ではないと主張しました。

最高裁は、継続的な勤務が見込まれる労働者に扶養手当を支給すること自体は尊重しうるとしていますが、結論的には不合理であるとなりました。この事件のポイントは3つあります。

1つ目のポイントは、日本郵便(大阪)事件では、契約社員にも「相応に継続的な勤務が見込まれる」のであれば、扶養親族がいる場合には扶養手当を支払うべきとされたことです。すなわち、相応に継続的な勤務が見込まれるのであれば、正社員であっても非正社員であっても、扶養手当を支払うべき必要性は変わらないことから、同じように手当てを支払うべきとされました。この事案では、恒常的に業務に従事して10年以上にわたって勤務する者もいたという事情もあり、この点が重視されたといえます。

2つ目のポイントは、正社員と非正社員の職務内容や変更の範囲に相違があったとしても、扶養手当を支払うべきとされたことです。これは、相応に継続的な勤務が見込まれるという点で同じであれば、扶養手当を支払うべきという趣旨が妥当だということにあります。

3つ目のポイントは、正社員の確保という目的であれば待遇差の合理性が認められるわけではないということです。上記の東京メトロコマース事件、大阪医科薬科大学事件では正当化されたことも、日本郵便(大阪)事件では正当化されていません。

(3)注意点

東京メトロコマース事件、大阪医科薬科大学事件、日本郵便(大阪))事件の3つは、専門家でも評価が分かれるところです。すなわち、有為人材確保論=正社員の定着・確保という目的を同じにする待遇差が問題になりながら、どうして結論が異なるのかについて、説得的な理由が未だ見つかっていません。しかし、だからこそ言えることは、有為人材確保論に依存した説明をしていては危険ということです。もう一度、賃金制度を広く検討し直す必要があります。

 

5 まとめ

判例は、ある事案を前提として結論が導かれています。そのため「賞与と退職金であれば問題ない」「扶養手当は非正社員にも支払わなければならない」という図式的な考え方は誤りです。

会社の賃金制度、人事制度の合理性を今一度顧みて、同一労働・同一賃金に耐えうるものなのか検証する必要があります。ぜひ、当事務所に一度ご相談ください。

 

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弁護士法人シーライト藤沢法律事務所

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