メンタルヘルス不調者に関する労務対応③ ~長時間労働と会社の安全配慮義務~

これまで「メンタルヘルス不調者に関する労務対応①~休職開始から自動退職までの対応~」「メンタルヘルス不調者に関する労務対応②~主なQ&A~」において、メンタルヘルス不調者が看取される場合や休職開始した場合の労務対応を主に解説してきました。

本稿では、会社がメンタルヘルス不調者を出さないために果たすべき安全配慮義務や会社が取り組むべき事柄について、労働時間に焦点を当てて詳しく解説いたします。

1 安全配慮義務とは?

会社は、労働者に対し、生命・身体・健康を害さないよう配慮すべき義務(安全配慮義務)を負っています(労働契約法5条)。会社がこの安全配慮義務に違反し、その結果、労働者が生命・身体・健康を侵害されてしまった場合には、これによって生じた損害を賠償する義務が生じます。

労働災害事故が起きてしまい、労働者が会社を相手取って損害賠償請求をするという場面では、具体的な事故状況において、会社がどのような措置を講ずべきであったのか、会社はその措置を講じたのか講じなかったのか違反したのなどということが大きく争われることになります。

 

2 メンタルヘルス不調者予防のためには長時間労働の抑制が最も重要

メンタルヘルス不調は、仕事のみでなく、プライベートの出来事や本人の気質など様々な要因が複雑に絡み合って生じるものです。しかし、仕事は人の生活の中で大きな割合を占めますので、大なり小なり(客観的に主要な原因が仕事といえてもいえなくても)仕事が影響してきます。実際に、精神障害で労災認定がされた事案の要因の第1位も、「恒常的な長時間労働」です(令和2年版過労死等防止対策白書83~84頁)。

メンタルヘルス不調の安全配慮義務の中で最も重要な判例である「電通過労死事件最判平成12年3月24日民集54巻3号1155頁も、仕事と心身の健康に関係について、次のように判示します。

労働者が労働日に長時間にわたり業務に従事する状況が継続するなどして、疲労や心理的負荷等が過度に蓄積すると、労働者の心身の健康を損なう危険のあることは、周知のところである。労働基準法は、労働時間に関する制限を定め、労働安全衛生法六五条の三は、作業の内容等を特に限定することなく、同法所定の事業者は労働者の健康に配慮して労働者の従事する作業を適切に管理するように努めるべき旨を定めているが、それは、右のような危険が発生するのを防止することをも目的とするものと解される。これらのことからすれば、使用者は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負う

厚労省も、研究結果に基づき、時間外労働(=休憩時間以外で40時間/週を超えて労働させた部分)は、

◯月45時間(以下「45時間ライン」といいます。)を超えるとその長さに応じて健康被害のリスクが上昇していき、

◯それが月100時間超(以下「100時間ライン」といいます。)または2~6か月平均で月80時間(以下「80時間ライン」といいます。)を超えると、健康被害のリスクが高いことを明言しています(脳・心臓疾患の労災認定の基準に関する専門検討会報告書(令和3年7月)38~51頁)。上記の80時間ラインや100時間ラインが「過労死ライン」と通称されるのは、この研究結果に由来しています。

厚労省「過重労働による健康障害を防ぐために」(2020年7月)1頁

3 45時間ライン・80時間ライン・100時間ラインが目安になる

上記2で述べた時間外労働の45時間ライン・80時間ライン・100時間ラインは、労災保険の業務災害認定や損害賠償訴訟においても重要な意味を持ちます。

すなわち、精神疾患を負った労働者が生じた場合に、時間外労働が80時間ラインを超えていたときには労災認定がされやすくなります。そして、100時間ラインを超えた時間外労働がある場合には労災認定がされることが多くなり(厚労省「精神障害の労災認定」業務による心理的負荷評価表「特別な出来事以外」第2項・「具体的出来事」第16項)、さらに会社の安全配慮義務違反(損害賠償責任)も認めれやすくなる傾向にあります(石村智「労災民事訴訟に関する諸問題について」判タ1425号33頁)。一方、45時間ラインを下回る場合には、労災認定及び安全配慮義務違反(損害賠償責任)双方ともに認められる可能性は低くなります。

なお、注意すべき点としては、仮に45時間ライン・80時間ラインを下回っていたとしても、時間外労働と他の業務上の出来事(ハラスメント、重大事故など)と相俟って、労災認定や安全配慮義務違反認定がされることもあるということです

 

4 まとめ~メンタルヘルス不調予防のため会社が取り組むべきこと~

上記2・3で述べたことを踏まえると、メンタルヘルス不調者を出さないために、会社が取り組むべき最も重要なことは、「長時間労働の抑制」です。具体的には、

(1)月45時間以上の時間外労働の抑制

まず、これが第一に挙げられるでしょう。「人手が足りない」「時間外労働なしでは会社が回らない」といった声も聞かれますが、国も重要な施策として「働き方改革」「生産性向上」「時間外労働の削減」を掲げる中で、もはやそのようなことは言ってられません。採用計画・採用活動の段階から具体的な業務プロセスに至るまでの業務全体の徹底的な見直しにより、改善していくべきです。

最近の労基法改正でも、時間外労働の上限規制として、

①年間720時間以内(労基法36条5項前段第2かっこ書)

②月45時間を超えることのできる月数は、1年間で6ヶ月まで(労基法36条5項後段第2かっこ書)

とされましたので、確実に守る必要があります。

時間外労働の上限規制は、複雑ですから、詳しくは厚労省の特設サイトをご覧頂くと良いでしょう。

https://www.mhlw.go.jp/hatarakikata/overtime.html#point

(2)月80時間を超える時間外労働の禁止

時間外労働が月80時間を超える(超えそう)な労働者がいる場合には、体調が悪くなさそうでも、直ちに、それ以上の時間外労働をさせないようにすべきです。個別に注意・指導するだけでなく、就業規則などでも定めて周知しておくべきでしょう。

最近の労基法改正でも、時間外労働と休日労働の合計時間について「2か⽉平均」「3か⽉平均」「4か⽉平均」「5か⽉平均」「6か⽉平均」が全て1月当たり80時間以内に収めるべきことが定められましたので(労基法36条6項3号)、連続した又は恒常的な長時間労働も抑制すべきです。

 

(3)月100時間を超える時間外労働が生じてしまったら、休暇を!

最近の労基法改正によって、時間外労働と休日労働の合計時間が月100時間を超えることが禁止されています(労基法36条6項2号)。

それでも、万が一、月100時間を超えてしまった場合には、その労働者は、心身に疲労が多く蓄積しており、いつ不調が生じてもおかしくない状態でといえます。そのため、例えば、リフレッシュ休暇を与える、通常の労働時間自体を短縮するなど、労働者の健康に特に配慮した措置を積極的に取る義務が生じているといえます。目に見える不調がないからといって、漫然と放置することがないようにしましょう。

弊所では、漫然と時間外労働をする問題社員への対応や時間外労働上限規制に関するご相談も承っておりますので、長時間労働対策を考えておられる経営者の方は、お気軽にお問い合わせください。

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弁護士 小林 玲生起

弁護士の小林玲生起と申します。 元従業員から未払賃金の支払い請求があった事件で、訴えられた企業側の弁護をした経験があります。元従業員からの未払残業代や未払賃金の請求に限らず、お悩みのことがございましたら、お気軽にご相談下さい。

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